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My Lemonade♡ (3)

だいぶ間が空いてしまいました(^.^;

時間のある時に少しずつ書いているのですが、年末だけに色々時間をとられてしまいますね。
つるバラの誘引も、しばらく手をつけられない状態ですが、気長にお付き合い下さいませ。

今日は、これまでのわたしの人生で、最も酸っぱかったレモンのお話です。
(次回からは、make lemonade 編を書くつもりです)

それは、家を建て、土地を売られてしまって、もうすぐ3度目の春を迎えようとしていた、年明け、1月17日の深夜(18日)のことでした。

夜中2時過ぎにたまたま目が覚めてしまい、何か飲もうかなと1階のキッチンへ降りて行った時のことです。
母の部屋の電気がついていて「あれ?」と思い「お母さん?」と声をかけたのです。
ても返事がなくて、ドアを開けて覗いてみると。。。眠ってしまっていると思った母は、すでに息をしていませんでした。
急性心不全を起こしていたようです。

その時の衝撃。

わたしはわけがわからず、母の頬を叩きながら

「お母さん!」
「どうして?」「どうして?」

と大声で叫びながらも、頭ではもう決して戻って来ないことを悟っていました。

急いで2階の妹を呼びに、廊下を走っても、足がもつれて滑って転んでしまい、大慌てで起き上がり再び走るのですが、またすぐ転んでしまうのです。
生まれて初めて体験した本物のパニック状態でした。

そうして何度も何度も何度も起き上がっては転んでしまい、なかなか階段に辿り着けないのです。
狭い家の中なのに、階段までがものすごく遠くて。。。なんとか這うようして階段までたどり着いて、妹の名を叫んでいました。

次の日、わたしは体中アザだらけでした。

たぶん心労やストレスのせいだったのだと思います。
新潟の8人兄弟の末っ子で、お嬢様育ちで、わがままなくせに依存心の強い母でしたが、前の年に兄弟が全員他界してしまってから、心の支えを失ったように、体調を崩しがちでもありました。
そのせいで軽い鬱症状と、その影響で若干アルツハイマーを思わせる行動が出はじめていたように思います。

「この人がボケたらきっと大変だわ。。。覚悟しとかないと」
「こんなわがままな人が、ボケて寝たきりなんかになったら、わたしきっと首絞めちゃうかもだわ( ´Д`)=3」

なんて、妹に笑いながら話したりもしていました。
でもまさかこんな風に終わってしまうなんて。。。母が一番驚いていたかも知れません。

母の死後から、わたしと妹は、二人共ひと月程、血便が止まりませんでした。
そして、ショック状態から覚めると、更につらい本物の喪失感が襲ってきました。
夕食を作る時、リビングで最後に見た母の姿が思い出されて、しばらくは泣きながらキッチンに立っていました。

突然死はつらいものです。
わたしは10年前に、父を食道がん末期で3ヶ月の闘病で亡くしましたが、余命宣告は、それがどんなに短くても、どれ程幸せだったことか。
ほんの少しの期間でも、心の準備、してあげたいことなど、時間を大切にしていけます。
突然死は、喪失感と悲しみの中、あとから、あとから、次々と後悔ばかりがこみ上げてくるのです。

また、父親と母親って、やっぱり違うんですよね、喪失感の大きさが。
それに、この年(どんな年?とかいう突っ込みはやめてね〜(^.^;)まで嫁にも行かず、親元でパラサイトしていた訳ですから、中学生や高校生が親を亡くすような。。。とても情けない心境でした。

20171206164654b81.jpg

母が植えた紫蘭(シラン)の花。
年々増え続け、今年もたくさん咲いてくれました。
母は、自分で植えたこの花を見ることなく旅立ちました。
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2017 06

- 3 Comments

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2017/12/31 (Sun) 15:56 | EDIT | REPLY |   

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2017/12/31 (Sun) 20:04 | EDIT | REPLY |   

園主  

明けましておめでとうございます。
   本年もよろしくお願いいたします。

2018/01/02 (Tue) 11:08 | EDIT | REPLY |   

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